【ガールズバーの話9】いつか、あの人は今になる

エレベータはどんどん高く上がっていく。
見下ろす景色は遠くひろがって、ミニチュアみたいに小さくなる。
エレベーターのドアが開くと足早にカフェに向かった。

まだ、来てないよな。

予定の1時間前なのだから無理もない。
気が早いのは僕の方だ。

1時間後、目の前でアイスカフェラテをくるくるかき混ぜながら
「なんか、不倫してるみたいで嫌だなー」
と天王寺の渋谷凪咲ことMちゃんは言う。

お忍びデートって言ってほしいなと心の中で口を尖らせる。
9歳差。自分が不倫でもおかしくない年齢であることを思い知らされる。

ボーイが女の子と店舗外で会うことは禁止だ。
一発レッドカード。速攻クビ。
お互いタブーを認識しながらも、今日一緒にいるのは禁断の愛はもう僕らを止めることが出来なくなったからだ。そもそもルールごときで止められるような情動を愛として語るなど片腹痛く、禁忌であるが故にそれでも会うという選択こそが愛の証明だと言えるだろう。
そして僕らはロミオとジュリエットのごとく、迫りくる運命という荒波に抗いながら二人の未来をどのように紡いでいくかという話し合いの最中にいる。


なんて妄想をしながら転職サイトの求人情報を漁っていた。
Mちゃんは昼の仕事を探していた。
美容部員で土日祝休みで毎週シフト希望通りで、旅行の週は休める職場がいいなと吸い込まれそうな瞳で僕を見る。
正直、調べるまでもないよなと思う。
美容部員、土日祝休みの項目にチェックを入れた時点でやはり検索結果は0件になっていた。
それでもこの瞳を細めて笑う顔を見たいから他の求人サイトを諦めずに探す。


3月に入って心境に大きな変化があることを感じていた。
もうすぐ色んなことが終わる。
会社も演劇もガールズバーも全部終わりだ。
事柄としてピリオドが打たれるだけではない。
そこにいる人達との別れがある。

なるべく感情が動かないように、できる限り好きにならないように。
残りの時間が少なくなるにつれて抑えていた感情がぽろぽろこぼれてきそうになる。
この人達から離れるのが寂しい。

だめだと知りながらもMちゃんの就職相談にのることを提案したのも、たぶんそれが理由だ。

目の前の女の子をみる。
働きたくなーい、とスマホの画面をフリックしている。

彼女はこれからどんな人生を送っていくのだろう。
どんな人と結婚し、どんなお母さんになるのだろう。
そもそも結婚するのかな。

いろんな人と出会い、すれ違っていく。あの人は今どこにいるのかなと思いを巡らせる。
そろそろ桜の季節がやってくる。
春を出会いと別れの季節だと思うのはどれくらいぶりだろう。

深夜2時。
今日はありがとうございましたとMちゃんからLINEが届いた。
すぐにトークを開きそうになる手を止める。
センチメンタルなメッセージが頭の中をぐるぐるしていたので、呼吸を整える。

1000字でも足らない想いを添削し「決まるといいね」と短く返した。

布団に潜り込んで毛布をぎゅっと抱える。
何もかも手放さずに前に進めたら良いのに。

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