【ガールズバーの話8】地下アイドルと絶対領域

「山田さんって私のこと興味ないですよね」という言葉に自分の中で蓋をした何かが漏れ滲み出てきているような気がした。

私のこと本当に好きと思っている?
言葉にしてくれないと伝わらないよ。
もっと大切にしてくれる人と一緒にいたい。

乗せている感情や言葉の表現は違えど、伝えたいメッセージは皆一様にパートナーとしての物足りなさを僕に訴えかけるものだった。

閉店作業を終え、深夜2時を回ったガールズバー。
残ったのは僕とMさんだけだった。送りの車が戻ってくるのを待っている。
ほんの1時間前までは耳を塞ぎたくなるくらいの盛り上がりだった店内は、ネイルの施された指で携帯画面をフリックする音が聞こえるくらいの静けさ。

「まだ30分くらいは車こないですよ」
沈黙に耐えかねてその場の足しになるかわからないような言葉を投げかける。

少しの沈黙のあとMさんから返ってきたのが冒頭の言葉だった。

あまりにも唐突に聞き慣れたフレーズが飛び込んできたことに驚いた。
僕とその人との間にピリオドが打たれる合図のようなフレーズ。
また会いましたね、と挨拶したくなる。

いつからかはわからないけれど、相手と自分との間にある一定の、絶対に二人の距離が縮まらない見えない箱を置くようになった。
それは友人でも恋人でも同じだった。
この少し離れた距離が自分の身を守ってくれるという安心感があった。
この距離なら相手が刃物を振り回してきても自分に届くことはない。
誰かに話すほどでもない自分に刺さった数々の小さな棘がこれ以上向こう側へ踏み込むことに警告をしている。

「私が似ている芸能人が好きって言ってましたよね」
Mさんの声で自分がガールズバーの店内にいたことを思い出す。

「よよよちゃん?」
Mさんは歌真似番組に出ていたよよよちゃんに似ていた。
足立梨花にも似ている。いわゆる猫系の顔。
明るくて元気で青春マンガでチアリーダー役にいそうだなという印象の彼女。

「そう。けど私に興味ない。なんで!」

返答に困る。
Mさんと一緒にいる自分を想像する。
何気なく交わす会話を僕は楽しんでいた。次、出勤が重なった時はどんな話をしようか考えている自分がいる。
サッカーという共通の話題もある。
お互いの時間を尊重しつつ2人の時間はものすごく特別。
週末は美術館に行き、カフェではそれぞれ自由に本をよむ。
容易に想像できた。
もしかして俺は、Mさんのことが好き…なの…

いや、いやちょっと待て。あんた彼氏いますやん。

「興味は・・ないことはないですけど、そういえばMさん彼氏いるじゃないですか。」
と一瞬、結婚しかけた自分を現実に引き戻す。

「むかつくー!」
と大きく身体を揺らしながらスマホの画面を僕に差し出してくる。
LINEのQRコードが表示されている。

「海外行く前にご飯行きましょう!」

僕には彼女の考えがわからない。
彼女はもともと地下アイドルとして活動していたらしい。
男たちの視線と歓声は彼女に集中する。
関わる男すべてを自分のファンにせずにはいられないのかもしれない。

「もう予定決めましたから!送別会しましょ!」
とお寿司を食べに行くことが半ば強引に決められた。

自分と相手の間にある距離を保つための箱を想像する。
線引をすることは相手を遠ざけるとともに明確に相手の存在を意識することと同じだ。
その距離を向こう側から縮めてほしいと自分が心の奥底で望んでいることには気づいていた。
期待しないフリをして実は期待している。
ものすごく他人任せの自分がいる。

世界一周は自分の人生を自分のものにしたいがために思い立ったはずだ。

この距離を自分から埋められるようにならないと、求めている答えが見つけられないような気がする。
現象よりも本質だ。

ボーイとガールがご飯に行くことは禁止されている。
それは辞めた後もどちらかが在籍していたら同じだ。

普段だったらそういう理由を付けて断っていたかもなと差し出されたQRコードを見ながら思った。

「送別会ってことは、支払いは・・」

「当然山田さんです!当たり前でしょ!」

ゲストが自腹の送迎会が待っている。

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