【タイの話5】その夜景は君とじゃない

旅に出て3週間が経とうとしていた。
旅人には2種類いると感じるようになっていた。

1人で楽しめる人
1人よりも誰かと共有したい人

旅に出る前は前者だと思っていたけれど、完全に僕は後者だった。
良い景色みたり、ご飯を食べて感想を言い合ったり、目の前で起こる現象にツッコミを入れて笑いあうのが好きなんだと気づいた。
1人では自分の中に想いを溜めることしかできなかった。

誰かと分かち合ったり、時間を共有することに喜びを覚える人間なんだと今更気づいた。


宿から少し外れたところにあるナイトマーケットに向かうタクシーの中でバンコクの夜景を見ながらセンチな気持ちになる。
隣の席に座る仙人も同じように窓の外に流れる景色を見ている。
66歳で結婚歴なしの独身。
仙人はこの夜景を見て何を思っているんだろう。

「中川さんは結婚したいとか家族が欲しいとか思ったことはないんですか?」
ふと聞きたくなった。

少しの間もなく
「全くない」
と返事。

タクシーの中は暗くて表情は読み取れない。
ただその答えに迷いは感じなかった。

そしてそのまま話し続ける。
「結婚した友達は以前みたいに遊べなくなった。
奥さんや子供に時間を割くことになって自分の時間が無くなってる。
月の小遣いはあまりにも少なくて飲み会の誘いも選ばないといけない。
自分の人生は自分のためだけに使いたい。
だから結婚なんてしていいことなんてない。」

はっきりとした口調に、心からそう思っているんだろうなと思った。


ナイトマーケットに着いた後も中川さんの言葉がぐるぐると頭の中で蠢き続ける。

旅に出る準備をしていた自分も同じ考えだったなと思う。
自分の人生は自分でコントロールしたい。
やりたいことをやれない人生なんてなんのために存在しているかわからない。

間違いなく20代はその気持ちを疑うことなく駆け抜けた。

今、自分はどうだろう。
誰かと分かち合うことが幸せだと気付いた自分。
仙人のように自分だけに時間を使って人生を走り切れるだろうか。


旅が終わった時のことを想像する。
自分が旅以上にやりたいことなんてあるのかわからなかった。
自分のためだけに生きるには少し人生は長すぎると今は感じている。



旅は究極の一期一会だ。
あの日、あの時を過ごした彼や彼女と次はいつ会えるんだろう。
また会おうと別れて、実際にその時は来るんだろうか。
出会いと別れを繰り返す中で、今続いてる人間関係の尊さに改めて気付かされる。

当たり前のことなんてないんだな。
自分の中で、今後も続いていく関係を築いていきたいという気持ちが芽生えていた。

大切な人と分かち合える人生がいいなと思った。


帰りもタクシーに乗って宿に戻る。
いろんな写真を撮って、お土産の品を見て仙人はとても満足そうだ。
仙人はLINEでその写真を友達に送っている。

やっぱり、仙人も分かち合いたいんだ。

「明日の夜予定とか決めてる?」
仙人からスケジュールを聞かれる。

もちろん空いてる。
僕には決まったスケジュールなんてほとんどない。

「何かあるんですか?」

「50階近いルーフトップバーからのぞむバンコクの夜景が綺麗だから興味あったら一緒に行く?」

ルーフトップバーからの景色はさぞ綺麗だろう。
夜の風を浴びて乾杯する。
目の前には66歳の白髭の仙人。


「明日、予定あるんでまた今度タイミングが合えば行きましょう」
この分かち合いはきっと仙人とではない。

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