【センチメンタルな話2】雪が見たいというのなら②
1週間後、僕らは台湾行きの飛行機に乗っていた。
シカがすぐに行こうと言わなければ、冗談冗談と発言を撤回していたかもしれない。
しっかりとした眼で僕を見つめていたので、もう後には引けなくなった。
その場で飛行機をとり、宿もとった。
上司への有給理由はまた後で考えることにした。
仕事よりも大切なことがある。
あの日の大阪ステーションシティで一番決断力があったのは僕らかもしれない。
3時間ほどのフライトで台北の台湾桃園国際空港についた。
3泊4日の旅行がスタート。
シカと過ごす時間は残り僅か。
定番の九份に行く。
台湾は4回ほど来たことがある。
いずれも家族旅行。
何度か訪れているはずの台湾。過去にも来たことがある九份。
同じ場所なのに初めて来たような新鮮さがあった。
九份の夜を彩るランタンも一緒に飲んだタピオカミルクティーの味もシャッターをきったかのように鮮明に覚えている。
誰と旅をするかは大事なことだ。
九份で1泊し台中に向かった。
台湾新幹線はかなり快適だった。
駅にはファミリーマートがあっておにぎりを買った。
新幹線の窓から外をのぞくと少し靄がかかっていて見えにくいが高層ビルが立ち並んでいる。
九份などの古い町並みのイメージが強かったけれど、台湾は日本に負けないくらいの都会だ。
台中では台湾のウユニ塩湖と言われる高美湿地とシカが通っていた大学に行った。
朝4時に起きてタクシーに乗り、高美湿地に向かう。
事前にインスタグラムでどんな場所なのか見ていたので期待が膨らむ。
投稿された写真を見ると、朝焼けを大地が映し出し幻想的な風景が広がっていた。
結論から言うと、台湾のウユニ塩湖は言いすぎだった。
学んだことはインスタグラムの写真は信用できないということだ。
とはいえ、夜明け前の青白い空を映した湿地は見渡す限りの青。
これはこれで綺麗だった。
それに旅の目的は完璧な景色をみることじゃない。
シカの大学は繁華街の近くにあった。
日本に来る前に1年ほど在学していたらしい。
屋台が立ち並び、ファッションストリートやゲームセンターがあって、ここだとキャンパスライフを満喫できそうだなと思った。
僕のキャンパスライフは山奥の大学と自宅の往復だった。
道中にはコメダ珈琲と塩元帥しかなかった。
たまに野焼きの煙で洗濯物が全滅することもある。
在学中の友達がいるとのことでシカの大学の中に入ることができた。
友達の男子学生と合流する。
中国語での会話。何を話しているのかはわからない。
僕はどう紹介されているのだろう。
男子学生と別れキャンパスの屋上に上がった。
繁華街のネオンがぼんやりと見える。
やはり景色には靄がかかっていた。
ここがシカがキャンパスライフを送っていた街なのか。
つい1ヶ月前までは何の縁もゆかりもなかった場所だ。存在を知りもしなかった。
それがシカと出会い、僕はこの街にいる。
きれいな景色でもなんでもない。
でも特別だ。
都合よく二人用のベンチがあったのでそこに座って気が済むまで話をした。
帰りの飛行機の中ではあまり喋らなかった。
初めて会った時のこととか、一緒に食べたご飯のこととか、旅行中の喧嘩のこととかをぼんやりと思い出していた。
多分、シカもそうだったんじゃないかな。
僕らは恋人同士ではなかった。
ホテルの部屋も別々にしたし、お互いのことを好きだと口にすることはなかった。
あくまで友達だった。
飛行機のアナウンスが鳴った。
あと30分で関西国際空港に到着するみたいだ。
旅行の終わりが確実に近づいている。
シカの方をみるとうっすらと頬をつたう光が見えた(ような気がした)。
彼女は僕の視線に気付いてこっちを振り返った。
『あなたのことが好き』
と小さく言った。
僕の後悔はその時に明確な返事ができなかったことだ。
自分がなんて答えたのかもはっきり覚えていない。
多分、シカは僕を好きだと言った。
気持ちを伝えてくれた彼女に自分の気持ちを伝えることはできなかった。
我爱你
そのフレーズは知っていたのに。
あれから4年がたった。
旅行後も続いていたメッセージはある日をさかいに来なくなった。
最後に会った日にシカからもらった手紙は僕の宝物だ。
『わたしは雪をみたことがない
だからまた日本に来たら旅行しよう
そのときは一緒に雪をみよう』
日本語で丁寧にかかれていた。
いつかまた彼女と会うことができれば、雪をみに行こうと誘うだろう。