【マレーシアの話3】ほんまに君の名は
マラッカ海峡に太陽が沈んでいく。
日本よりも一回りは大きい太陽が水平線の向こう側にゆっくりと沈んでいく。
あたり一面が暖色に飲み込まれていく。
振り返ると、赤や黄やオレンジに染まった顔でダニアルは自信満々に笑ってサムアップをしていた。
昨日の昼にマラッカの街についた。
欧州諸国の植民地として栄えた交易の地マラッカ。
ヨーロッパの文化が色濃く残るこの街にはフランシスコザビエルも訪れたらしい。
街の中にザビエルの銅像があったけれど、世界史便覧のあの写真しか知らないので正直ピンとこなかった。
暑すぎててっぺんが禿げてるかどうかの確認すら億劫だった。
ダニアルとは宿に併設されたカフェで出会った。
前日でマラッカ観光に満足した僕は昼過ぎに目覚めこれでもかとベッドでゴロゴロしていた。
観光ですらやる気を出さないと動けないなんて、本当に自分は旅をしたかったのかと疑いたくなる。
カフェの端の席に腰掛けてコーヒーをもらう。
その時に話しかけてきたのがダニアルとそのお父さんだった。
話の内容ははっきり言って不正確だ。
というのも僕の英語力の問題でほとんど聞き取れなかったからだ。
知ってる単語が聞こえたら、大きな声でその単語をリピートし、大袈裟に頷いて笑う。
センター試験とかTOEICとかなんだったんだろう。
ザッツナイスしか言ってないんだけど俺。
息子のダニアルが24歳というのは多分聞こえた。
船の乗組員で長期休暇の最中、家族旅行に来ているらしい。
あまりにもお父さんの言葉を僕が聞き取れないので、隣でGoogle翻訳を操作してくれる。
画面には
『今日のチャンピオンズリーグ準決勝の試合見るか』
と書いてあった。
絶対お父さんそんなこと言ってない。
聞き取れない英語で親子からそれぞれ別の話題を振られて僕は完全に諦めた。
ザッツナイスでいいや。
もう、Google翻訳すらないお父さんの話はザッツナイスで処理する。
そして、ダニアルにはこちらもGoogle翻訳で対応する。
二兎を追うものは一兎をも得ずというわけで僕はお父さんをフル無視し、ダニアルに集中した。
そのおかげかお父さんは疲れたのでホテルに帰ると言い、ダニアルは車でおすすめのビーチに連れて行くよと楽しそうだった。
今僕はそのおすすめのビーチにいる。
ビーチの名前は聞き取れなかった。
静かで周りを林に囲まれた小さなビーチ。
地元の子供が裸足で走り回っている。
生ぬるいココナッツを飲みながら夕陽が沈むのを眺める。
正直勧められたから飲んでいるけど、おいしくない。
ハエもものすごいたかっている。
ただ、ぼんやりと波が揺れているのを見ているとものすごくゆっくりと時間が流れて行くような感じがする。
水面に反射した夕陽に照らされてダニアルが笑う。
「気に入った?」
再びマラッカ海峡に沈む夕陽に目をやる。
ちょっとずつ空が暗くなっていく。
このビーチの名前は知らなくていいとなんとなく思った。
ダニアルといったどこかのビーチ。
それだけで十分だ。
マラッカということばと紐づいて何度でも思い出すだろう。
名前はわからなくても、この夕焼けを僕は一生忘れることはない。
彼の名前がダニアルかダニエルなのかは、あとでちゃんと聞こうと思う。