【ガールズバーの話4】渋谷凪咲の憤慨
天王寺の渋谷凪咲は怒っていた。
もちろん冬の乾燥や短い日照時間は関係ない。
クリスマスまでに理想の男が現れないことが原因でもない。
天王寺の渋谷凪咲ことMちゃんが怒っているのは
ドリンクをくれないお客様に対してだった。
ガールズバーの仕組みを簡単に説明すると
お客様が支払う料金は
1時間の料金であるセット料金と女の子が飲んだドリンク代の合計となる。
1時間経った後、さらに楽しみたければ延長して再び30分、または60分のセット料金を支払うという仕組みだ。
長くいるほど支払いは大きくなるし、女の子にドリンクをあげるほど金額は加算されていく。セット料金は動かしようがないので、金額を抑えたければ女の子にあげるドリンクをセーブしないといけない。
そして、そのドリンク代を露骨にセーブしようとするお客様が一定数いるのだ。
なんというか、ガールズバーでお金をケチケチする人ってよくわからないなと思う。
その1杯1000円ちょこっとのドリンクをケチって得られるメリットってなんなんだろうか。
女の子からはケチだと思われて印象は良くないし、微妙に会話も気まずくなるじゃないか。
恋の駆け引きとかいうやつなのか?
悪い印象から逆転ホームランでも打つ秘策があるのだろうか。
正直、そういったお客様の気持ちはあんまりわからないけれど、少なくともMちゃんは明確に怒っていた。
「イケメンのくせにケチすぎる!」
イケメンとケチの因果関係は不明であるが、今後ガールズバーに来るお客様たちには無益な駆け引きはやめて気前良くドリンクをあげることをお勧めしたい。
閉店時間が過ぎてもMちゃんの怒りは収まらないようだった。
送りの車のドアを開けて立ち止まると、長い髪を揺らしながらこちらを振り返った。
僕を睨みつけ
「早く帰りたかった!」
と酔いで薄いピンク色になった頬を膨らませた。
その日のMちゃんは閉店前に帰る予定だったが、指名のお客様がきたので結局閉店まで残ることになった。
ドリンクをくれないお客様にあたった上に想定より早く帰れなかったことが怒りに拍車をかけたみたいだ。
僕は何の言葉も浮かんでこなかった。
乾燥でひび割れた唇に不自然な笑みを浮かべてMちゃんを見送ることしかできなかった。
イケメンだったらどんな素敵な言葉で彼女の不満を和らげるのだろう。
少し肌寒くなってきたのでポケットに手を突っ込んで、店に戻る。
彼女のピンクの頬と鋭く睨んだ瞳を思い出す。
美人は怒っても絵になるからずるいよな
と思うだけだった。