【ガールズバーの話1】おっぱいのある1日は何色なんだろうか。
なんの変哲もない毎日の中にきらりと煌めくような1日が現れる。
そんな煌めくようなある日が積み重なっていったときに人生は豊かで誇れるものになるんじゃないだろうか。
僕のピッチャーゴロのような毎日でも出会い頭にホームランが生まれることだってある。
パチンコだって当たったときの記憶が忘れられなくて負け続けてもやめられないんでしょ。
平凡な毎日に時折加わるとびきりのスパイス。
またいつかそんな刺激が味わえるかもしれない。
だから人生は簡単には降りられない。
そのスパイスは予想もしないところからやってきた。
僕はいつものように会社に通い、定時退社でガールズバーのバイトに向かった。
初めのうちは刺激的だったガールズのセクシー衣装にもなれ、ガールズバーでのバイトはイレギュラーな日々から日常へと降格していた。
その日、1つだけ違っていたのは新しく体験の女の子がくるというところだった。
しかも北新地のキャバクラで元No.1の大型新人とのこと。
天王寺の片隅にある店からしたらとんでもない強力助っ人。
黒船襲来。
北新地にキャバクラなんて無数にあるからどれくらいすごいかは正直ピンとこなかったけど、どんなことでも1番になるのは簡単じゃない。
僕は1番なんてとった記憶はない。
ぼろぼろの本屋主催の遊戯王の大会ですら初戦敗退だった。
噂の大型新人はたしかに他の女の子とは違っていた。
ピンと背筋を伸ばし、モデルのランウェイのごとくヒールの音を響かせて現れた。
手入れの行き届いた艶のあるロングヘアー。
万年ユニクロの僕でもわかるようなブランド物で全身を武装していた。
この女の家ではトイレットペーパーですらルイヴィトンなのかもしれない。
僕がその日学んだことは何かで1番になる人間はぶっとんでいるということと単純にお酒って怖いなってこと。
あなたもシャンパンを開けるのはほどほどにしといた方がいいよ。
次の日ベットで目覚めたときにはあなたは何も覚えてないかもしれない。
けど、そこにいた人間はしっかり覚えている。
それが、誰もが魅かれるような女がおっぱいを放り出して乱れたていたらなおさらだよね。
そう。僕はその日、おっぱいを見た。
いちご100%とかToLOVEるとかジャンプでお世話になった漫画でお馴染み、みんなの憧れラッキースケベだ。
あれは間違いなくおっぱいだった。
駅の階段とかで残像のように見たと思い込むようなパンチラなんて話にならない。
しっかりとこの目で見たと断言できる。
頂上決戦の白髭のごとくはっきりと宣言する。
あの日、あの場所に
『おっぱいは存在した』
ゆるやかだったスタートは開業医の先生がお客さんできたところから状況は一変。
なんとそのお客さんと大型新人は別の店の頃から顔馴染みだったのだ。
みるみるシャンパンのボトルは空き、金額は店の最高数字を叩き出した。
北新地の元No.1は遠慮を知らない。
延長は当たり前、次から次へと新しいシャンパンをコールした。
普段は余裕のあるその先生も少し圧倒された雰囲気になっていた。
とはいえ、いくら元No.1といっても人は人。お酒は気の強い女よりも強し。
5本もシャンパンをあければ流石にベロベロで、勝手にカラオケは歌うし、僕に対しても歌えと絡みついてくる。
入店まもない新人ボーイにはもうお手上げ。
人間ってどうしようもない状態になったら動けなくなるらしい。
あるがままを見守るしかなかった。
結局、その日は閉店の1時をゆうに過ぎ、閉店後に残ったのはベロベロの元No.1。
そして今日のそのときが訪れる。
おもむろに服を脱ぎ出す元No.1。
僕にはその瞬間、まわりの時間がゆっくりになったように感じた。
タイトなワンピースを捲り上げ、引き締まった身体があらわになる。
異変に気づいて、止めにくる気の強い女マネージャー。
服を脱ぐ動きも、マネージャーの驚いた表情も、店内のBGMも全てがスローだった。
脱いだ服を天にかかげる元No.1はドラクロワの民衆を導く自由の女神を僕に思い出させた。
あの絵のごとく片方の乳房を露わにしていた。
そこには単純におっぱいを見たということではおさまらない美しさと神々しさがあった。
薄暗い店内のキャンドル色の電灯は彼女だけに当たるスポットライトのよう。
酔っ払い過ぎて何を言っているのかは全くわからなかったけれど、彼女は自由を叫んでいたのかもしれない。
北新地の大型台風を送りの車に乗せるといつも通りの日常は簡単に帰ってきた。
台風一過。
あれから彼女とは会っていない。
今後、入店するのかはわからない。
ただいつかまた戻ってきてほしいなと思う。
またおっぱいを見れるかもなんてすけべな理由なんかじゃない。(ちょっとはある)
あのシャッターを切ったような1日を僕は忘れられないのだ。
戻ってきた日常とあの日はあまりにもコントラストがくっきりしていた。
白黒の日常に突然差し込んだ真紅の1日。
明日は海の底のような深みのある青、明後日は生命力を感じずにはいられないみずみずしい緑、明明後日は絵に描いたひまわりのような黄。
こんなカラフルな毎日が続いたらどれだけ楽しいだろうか。
旅に出る前の退屈な僕にとびきりのスパイスをくれた彼女。
彼女は今日もどこかで乳房を露わにして自由を叫んでいるのだろうか。
こういう生活が続くなら天王寺でのくたびれた日々も悪くない。